天使

司馬遼太郎の「覇王の家」を読んでおります。本は私の半身浴のお供ですが、
ちょうど買っていた本も読み終わり、お供が無いという事で、昔読んだもの
を引っ張り出して読み出しました。案の定内容はすっかり忘れていて、ハラ
ハラドキドキ読んでおります。

この本は、徳川家康が生まれてから亡くなるまでの生涯を描いた作品ですが
その中で、自分の実の息子である信康を、織田信長に殺すように指示される
場面があります。才覚はずば抜けているものの、残忍で人間性に欠ける信康
に対し、信長はその将来を恐れ、そして家康の家臣たちは彼を嫌って、家康
は自分の息子を殺さざる負えなくなっていく。家康は自分の家族であるとい
う感情・愛情を抑え、組織を守るために殺すという選択をしていきます。

それを司馬遼太郎は「家康という男は、人のあるじというのは自然人格では
なく一個の機関であると思っていたのかもしれない。」と表現しています。

仕事をしているとどんな人でも日々、判断・選択をしながら進めていってい
ると思いますが、そういえば思い起こしてみると、仕事がうまくいかないと
きは、会社の責任者としての「機関」としての判断ではなく、私自身の「個
人」の感情で判断しているときのような気がします。

「会社を発展させたい!」というのは、個人の思い、感情ですが、それを実
際に「会社を発展させる。」と実行段階になった瞬間、その判断基準は会社全
体を考えた「機関」としての判断にしていかなくてはいけないという事なの
だと思います。これをするのはとても難しく、まさに修行ですね。

そんな修行を続けたら、引退する頃には天使みたいになれちゃうかな?とそ
んなことを夢想する、満50才です。